「求めよ、さらば与えられん」の元ネタ。前後紹介

求めよ、さらば与えられん。ていう言葉を知ってる人多いですよね。ついでに豚に真珠も知ってる人多いですよね。その元ネタの聖書の前後のぶんをしってると、雑学として面白いので紹介しますね。

新訳聖書「マタイによる福音書」7章7節より

求めよ、さらば与えられん。

尋ねよ、さらば見出さん。

叩け、さらば開かれん

文語訳で知っている人の方が多いですよね。。この一節は、言葉のリズムがいいので、声にだしてついつい朗読したくなりますね。

英文だと

Ask, and it will be given to you
Seek, and you will find;
knock,and it will be opened to you.

こういうふうに訳されるのですが、なぜ

Seek, and it will be come to you

になってないのでしょう?そうすれば、3つとも受身形になってすっきりするのに。

前後を見てみる

求めよ、さらば与えられん。ってのは、

マタイによる福音書7章

1 人をさばくな。自分がさばかれないためである。
2 あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
3 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
4 自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
5 偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
6 聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。

マタイ書は、「人のことをジャッジしちゃダメだよ」みたいな説教からはじまって、そして後半の、『求めなさい』のパートにつながっていきます。まあまあ正統派なお説教だと思います。

7 求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
8 すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
9 あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。
10 魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。
11このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。

じゃ、ルカ書も見てみると

ルカの福音書 11章 9節

11:5そして彼らに言われた、「あなたがたのうちのだれかに、友人があるとして、その人のところへ真夜中に行き、『友よ、パンを三つ貸してください。
11:6友だちが旅先からわたしのところに着いたのですが、何も出すものがありませんから』と言った場合、
11:7彼は内から、『面倒をかけないでくれ。もう戸は締めてしまったし、子供たちもわたしと一緒に床にはいっているので、いま起きて何もあげるわけにはいかない』と言うであろう。
11:8しかし、よく聞きなさい、友人だからというのでは起きて与えないが、しきりに願うので、起き上がって必要なものを出してくれるであろう。

めちゃめちゃたとえ話の表現が面白いですよね。真夜中にパンがどうしても、欲しくなっちゃった、必要だ。パンを貸してくれそうな友達は当然寝てる。でもひつようだから、叩き起こそう!。

寝てるけど、なかなか起きてこない。もっと叩いてしつこく求めれば、さすがに根負けして、出てくるだろう!もっと求めよう!!

そして、後半の『求めなさい』につながるんですね。

11:9
そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
11:10すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
11:11あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。
11:12卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。
11:13このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。

という感じに、しつこくしつこく求めろよ!友達が寝てても叩き起こしても求めろよ!っていう、たとえ話なんですよね。

日本人的な感覚で言ったら、めちゃめちゃ迷惑なやつですよね。聖書ってこういうちょっとおかしいおもしろい表現の話があるので、ぼくはファニーだな!って意味で面白いな!って思ってます。

ヨハネ書の表現だと

ヨハネ書で似たような箇所を抜粋しておきますね。ヨハネ書では、ガチ神系のことを言ってるので、あんまり日本人の間では、ことわざみたく引用される回数がすくない書ですよね。他の書みたく

 『神は乗り越えられない試練を与えない』とか、日本人が好きそうなキャッチーなコピーライティングが少ないからでしょうね~。

たとえば、こんな感じに書かれています。

何事でもわたし(イエス)の名によって願うならば、わたしはそれをかなえてあげよう。 (ヨハネ書14章13,14節)
あなたがたがわたし(イエス)につながっており、 わたしの言葉があなたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。(ヨハネ書15章7節)
14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」(第一ヨハネ5:14-15)

こういう表現だと、日本人は、ん?あんましピンとこねーこと書いてあるな。って思っちゃいますよね(笑)。

対応する箇所、マタイ書

何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。マタイによる福音書6章32

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